活動報告2_朗読用文章の作成2
境界の向こう側
「ソーラーパネルとりつけるのに68万かかるらしいよ」
「どうした? いきなり」
桃花は帰宅後、ただいまも言わずにいきなり言った。急にソーラーパネルの話なんかしてどうしたんだろう? ちなみに私の家にソーラーパネルはついてないし、これからつける予定もない。
「あのね、今日社会で習ったの! ソーラーパネルとりつければ、自分の家で電気作ることができるんだって」
桃花は興奮気味に話す。あ、これはきっとアレだな。
「だから、私たちの家にもソーラーパネルつけたい! とでも言うつもり?」
「何で私の考えていることが分かるの!?」
「だって、3年間お姉ちゃんやってますし」
やっぱり、私の考えは正しかったようだ。桃花は私の思っている小学3年生よりもずっと純粋だと思う。
「流石、お姉ちゃん!」
純粋無垢に笑う桃花を見て少し心が痛くなる。この子と会って3年間。そう、私達は実の姉妹ではない。桃花はお母さんの連れ子なのだ。しかし、桃花はそんなことを感じさせない位私をお姉ちゃんと慕ってくれた。いきなり一緒に住み始めた高校生なんて、どう接すればいいか困惑するだろうに、最初からこの調子だ。何なら「私にお姉ちゃんが出来ると思わなかった! 嬉しい!」って喜んでいた。
「ところで今日の宿題はもうやったの?」
「まだ! お菓子食べてからやる!」
何となく調子が狂って話題を逸らす。帰ってきたばかりで宿題やれるわけないだろうに、そこを疑問に思わないのも無邪気だなあと思う。私が小学3年生の頃もこんな感じだったのだろうか? 疑問には思うけど、それも個性だろう。
「今日のお菓子はお母さんがクッキー焼いてくれたよ」
「わーい! お母さんのクッキー大好き! 今日は何の味かな」
桃花はその言葉を聞き、冷蔵庫に向かって走っていく。マンションだったら下の人に迷惑を掛けそうなほどドタバタと。一軒家で良かった。
「ココアと普通のだった! お姉ちゃんはもう食べた?」
キッチンから桃花が問いかける。
「まだだよ、一緒に食べよう」
私は食べられないように即答した。
- *
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」
桃花はココア、私は紅茶を飲み終わり、クッキーのお皿とマグカップをシンクに持っていく。これくらいならすぐに洗い終わるし、今から洗うか。お母さん、今日はノー残業デーだったから早く帰ってくるだろうけど、流石にこのままにしておくのは忍びない。
「ねー、お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「うーん、何でもない。ただ呼んでみただけ」
カウンターに乗り出してこっちに問いかけてきたので目線を上げたが、特に用事はないらしい。時々、こういう時がある。「お姉ちゃん」の響きが好きなのだろうか。私は視線を落として食器洗いを再開する。何となく気まずい沈黙が流れる。いつもこうだ。友達同士の沈黙はそこまで気にならないのに、桃花との沈黙は重い空気になっている感じがする。いつも天真爛漫で賑やかだから違和感があるのかもしれない。
「宿題、やっちゃいなよ」
「うん! 今日は国プリと計ド! 音読はお姉ちゃんが聞いてくれる?」
「いいよ」
桃花は元気よく宣言して乱雑に放置されたランドセルに駆け寄った。ランドセルは3年間しか使っていないはずなのに、すごく年季を感じる。
「先に音読終わらせる!」
「どうぞ」
毎日の日課になっている桃花の音読。お母さんが仕事の時はいつも私がサインしている。しばらく聞いていた物語ではなく、評論に代わっていた。それにしても音読大変だよなあ。
「終わった! ねえ、今日の音読どうだった?」
「いつも通り良かったよ」
私はそう言いながら、保護者欄に「上手でした」と書く。
「他の宿題もやりなさい」
「お姉ちゃん、お母さんみたい」
しょうがない、年が離れているんだから。しかも保護者のサインもよくするし。
「お姉ちゃんの宿題は?」
「私も今からやるよ」
何て言ったってあと3カ月もしたら大学受験だ。第一志望は、寮がついている県外の大学。学力的には少し足りないから追い上げないと。お父さんからは県内の大学でここから通えばいいじゃないかと言われるが、正直継母と義妹がいる家は居づらい。だから、出来るだけ帰ってこなくてもいいような往復8時間位かかるところを選んだ。あと、私は生物が好きだからそれについて学べるところ。
「お姉ちゃんの宿題、難しそうだね」
桃花が横からのぞき込んで言う。
「まあ、高校生だからね」
「私も高校生になったら分かるようになる?」
「なるんじゃないかな。ほら、ちゃんと自分の宿題やりな」
「うん!」
しばらく黙々と、互いの筆記具を動かす音だけが室内に響く。お母さんが帰ってきた、17時半位までそれは続いた。
「ただいま~」
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい」
桃花はお母さんが帰ってくると一目散に玄関に向かった。珍しい、いつもはこっちにいるのに。少しするとお母さんもダイニングに来る。
「美雪ちゃん、偉いわね~、ちゃんと勉強していて」
「もうすぐでセンターだから……」
お母さんは、桃花の騒がしさとは対照的でゆったりしている。冷蔵庫に荷物を入れ始めるのを見て、私は先ほどまで使っていたテーブルを拭いた。今日はお母さんが食事当番の日だ。それぞれが食事当番の時はその人に全面的に任せると決めてある。ちなみにお父さんはカップラーメンと目玉焼き、ハムやウィンナーを焼くぐらいしかできないので基本的に私かお母さんで回している。
「お母さん、今日のご飯は何?」
「トマトソースのロールキャベツだよ~。美雪ちゃん好きでしょ?」
「あ、はい」
確かに私の大好物だ。よく覚えていたな。
「私も一緒に作る!」
「まあ、今日だけね」
桃花の反応にお母さんは驚いたようだったが、何か納得したように笑った。
「私も手伝いましょうか?」
ロールキャベツは美味しいが、すごく大変だ。そう思って声を掛けたが、
「大丈夫、美雪ちゃんは座ってて」
「お姉ちゃんの分まで私、頑張るよ!」
桃花は任せとけ! とでも言うように胸をたたいた。
- *
「ただいま」
ロールキャベツが出来たタイミングでお父さんが帰ってきた。
「あなた、丁度出来たのよ」
「私も一緒に作ったんだよ!」
お母さんと桃花が鍋の中のロールキャベツを見せる。トマトの匂いがふわっと香った。何だか、私がいない方がいい家族みたい、だなんて。
「美雪、これ」
不意にお父さんが袋を渡す。
「え?」
いきなりのことに私は戸惑った。
「お姉ちゃん、誕生日でしょ!」
「あ」
そういえばそうだった。再婚してからお父さんもお母さんも忙しそうで誕生日当日に祝ってもらったことないから忘れていた。
「ありがとう」
「お姉ちゃんに喜んでほしくて、私も料理頑張ったんだよ!」
桃花が誇らしげに胸を張る。
「ありがとう、桃花」
その瞬間桃花は弾けたように笑った。
「久しぶりに名前を呼んでくれた!」
考えてみれば、最近桃花の名前を呼んでいない気がする。最初の1か月は気を遣っていたけど、それから先は何となく呼びにくかった。
「美雪お姉ちゃん、これ私からのプレゼント!」
桃花は近くの文房具屋さんのラッピングを渡してくれた。
「頑張って選んだから使ってね!」
「あと、私からはこれ」
最後にお母さんが少し大きめのプレゼントをくれた。
「勉強することも多いから、クッションあったら便利かなって~」
「ありがとう、ございます」
驚きすぎて言葉が出ない。
「さあ、ご飯食べよう。お母さんが作ってくれたロールキャベツが冷めちゃうぞ!」
「お父さん! 私も一緒に作ったよ!」
「そうだったな、すまんすまん」
さっきまで、私がいなくても完成していると感じていたが、今は違うと分かった。私が線を引いてたんだ。少し深呼吸をした後で私は、
「お腹空いたから早く食べよう」
とその輪に加わった。少し、ぎこちなかったかもしれないけど、皆は当然のように迎え入れてくれた。
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前回に引き続き、朗読用に書き下ろした文章をお送りいたしました。
朗読用のものはこれで以上になります。
このブログでは、活動報告の他にも、このように作品を載せていく予定です。
お読みいただきありがとうございました。
Hana